鶴の一声

 戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/01     (3/8 記す)

今日はかみさんが帰る日。
6時半、タクシーで中心街の長途バスターミナルまで行く。
この市の中心街なのだが、なぜか焼き芋屋さんがいたり、橋の上にはウイグル系と思しき人たちが
アクセサリーの露天を出していたりする。

バスターミナル、直訳すると、「龍岩客運駅」である。

待合室の売店

「友情提示」

直訳すれば、
「旅客各位、こんにちは!あなたの旅行が心に沿いますよう、乗車中にはどうか携帯している貴重品
 の保管に注意してください。
 なにか問題があったり、手助けが必要な場合は、乗務員にご連絡ください。」てところ。

7時半発の長距離バスに乗って高速道路を走って2時間半、アモイの中心街のバスターミナルに着く。
そこからタクシーで空港まで行くのであるが、「白タク」の多いこと。
「60元!」と声をかけてくる。

N先生からは、「40元かからないよ。」と言われていたので無視。
正規のタクシー乗り場まで少し歩いて乗った。

ほお〜、こりゃ大都会だわい。一度遊びに来ようかな。
30分ほどで空港に着く。38元だった。やっぱりね。

昼少し前だったので空港ビル内で昼食。

このビーフンは美味しかった。
本場台湾は、海のすぐ向こうだもんな。
でも50元!
大学の近所の食堂で食べれば10食分だよ!
日本円に換算すれば¥800弱なんだけどね。

空港のトイレに「金魚鉢」が置いてある。

かみさんに聞いたら、女性用のほうにもあるという。

昼過ぎにかみさんが無事ゲートに入ったのを確認して帰ることにする
空港内の長距離バス切符売り場へ行くと、中心街でなく「杏林」という、ちょっと街外れのバスターミナル
経由の切符をくれた。
タクシー代を考えるとこちらの方が安いし、距離的にも短い。

夕方龍岩市についてから、近くの「鳳凰市場」で野菜を買い込む。
白菜、青梗菜、たまねぎ、にんじん、シイタケなど。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/02     (3/8 記す)

近所の食堂に鍋を持って行って、「清湯」(チンタン)を鍋半分分けてもらう。
麺に使うダシ汁である。豚骨や鳥の骨、野菜などを煮込んだとても美味しいダシ汁。
ダシ汁だけで、塩味もなにもついてない。
不思議な顔をしていたし、値段のつけようもないのであろうが2元(¥30)で分けてくれた。

これで野菜スープを作ったのであるが、先に表面にたっぷり浮いている油を取った。
これは医者からの助言である。(某成人病の悪化が怖い。)
オタマですくっていたのだが、能率が悪いし、大切なスープまで少し無駄になる。
ハタと気がついて、ティッシュペーパーを2枚鍋に浮かべてみた。
そおっとはがすと、見事に表面の油だけを吸いだすことができた。

写真はないが、少し塩を加えただけで、淡白な味の美味しい野菜スープができた。
これと冷凍してあるご飯で、美味しい夕食になった。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/03     (3/8 記す)

今日の授業は午前中2コマだけ。
これで1週間7コマ、すべての授業を一回りしたことになる。

1年生は一クラスだけ、2年生は3クラス全部に行っている。
学生の出身地はやはり地元福建省が多いのだが、湖北省あたりや広州あたりから来ている者もいる。

夜、2年生の学生が部屋に遊びに来た。

学生同士の会話を聞いていると、すべて綺麗な発音の「普通話(中国の標準語)」
福建省内の出身地の学生同士も普通話。

理由を聞いてみると、同じ省内でも100キロも離れると言葉が通じないそうなのだ。
福建省の言葉は、一般に「福建語」と呼ばれるが、主として「閩南語」であり、そのなかでもここ
龍岩市で話されているのは「龍岩語」と呼ばれる方言なのだそうだ。

また客家族出身者も多く、「客家語」はまた違う言葉だそうで、お互い標準語でないと意思相通ができない、と。

大学前の屋台のおばさんたちの言葉はさっぱり解らないそうだ。
それでも買い物ができるのは、地元のおばさんたちも標準語ができるからである。
今のおばさんおじさんたち、私くらいの世代以降の人たちは「ラジオ」で育った世代で、十分標準語
に接して育っているからであろう。

龍岩市内出身の学生は3種類話せる、と言っていた。
地元の龍岩語、アモイあたりの標準福建語、そして普通話、である。

彼女たちは貪欲に日本語で話しかけてくる。
とにかく生の日本語に接することが嬉しくてしかたがないのだ。

九時過ぎまでにぎやかに話し込んで、楽しかった。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/04     (3/8 記す)

授業のない日。

午後は外国語学部の先生たちの会議があり、私も新しいアメリカ人教師とともに紹介された。
外人教師は私も含めて5人、そのうち3人が新任。
なんと、司会の先生も、学部長の挨拶も、すべて英語なのだ。

ここには「英語科」と「日語科」しかない。
で、「日語科」の中国人の先生たちは、日本語だけでなく流暢な英語も使いこなせるのだ。
中国ではインテリ・知識人は英語が使えて当たり前なのである。
まして大学の先生ともあれば英語ができない、なんて通用しない。

司会や挨拶を中国語ですれば、日本語と英語の両方の通訳が必要になる。
最初から英語でやってしまえば、その場の全員が理解できる(はず)、という算段であろう。
これは私にとって冷や汗ものであった。
皆さん、余り訛りのない綺麗な英語だったので、なんとか着いていったのだが、
「自己紹介」!  外人教師は自己紹介と短いスピーチをするのだ。

もちろん英語!
同僚のN先輩はもともと日本では英語教師だったから問題ないのだが、私は脂汗である
なんとか切り抜けて自己紹介が終わると、われわれ外人教師は別室へ。
え、我々がいなくなった途端に、会議は中国語になっているではないか!

夜は学部主催の宴会。
これは我々の歓迎会ではなく、日本で言うところの「新年会」らしい。
ここでも英語が飛び交っていたが、私は徹底作戦に出た。
日本語科の先生と話すときには日本語だけ、その他の先生とは英語。

ふう〜、疲れた。
料理とお酒は美味しかったんだけどネ。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/05     (3/8 記す)

授業がマンタンの日。
やっぱり昼寝は絶対必要

夜はまた別の会合の会食。
毎日お酒漬けである。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/06     (3/8 記す)

授業のない日
しっかり寝坊して、インスタントラーメンで朝食。
洗濯をして干す。
う〜ん、干すだけでも結構重労働だ、って認識したよ。

それからカメラを持って構内の散策。

授業に一番よく来る1号楼。
  

二階に上がった所、廊下は屋根はあるけれど吹きさらしである。

男子トイレ、懐かしい「1本ミゾ」のトイレである。
 

外の壁の落書
 

理系の学生が書いた、電磁気学の式。
あいあい傘は、ハートなんだな、ここでは。

並木道には、あちこちに先哲の言葉の看板が立ててある。
 

宿舎に戻る、私の部屋はここの4階。

最後に構内案内図

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/07     (3/8 記す)

夜、日本語科の「学習委員」が歓迎会を開いてくれた。

日本では「級長・室長」にあたるのだろうか。
それよりずっと大きな責任と権限があるらしい。
先日、ヒヤリングの授業の教室を変更してもらったとき、夕方教務と話をつけたのだが、
あくる日の1時間目の授業には全員新しい教室に来ていた。

教務から学習委員に連絡が行き、学習委員が寮内を駆けずり回ってクラス全員に伝えたらしい。

学部や外事処の公的宴会より質素ではあるが、学生としては精一杯の心のこもったもてなしだった。

そして更に嬉しかったのがこれ。
 

クラスのみんなから」である。1年生の2クラスは授業に行ってないのに・・・。
お茶セット、ドライフラワー(?)、縁起物の金のねずみ、Photoアルバム、荀子の本、手紙。

荀子の本の内側には書き込みが、そして一年生からの手紙。
 

個人名は避けたいので無粋な線やぼかしが入っていますが・・・。

「あなたが私たちの先生になってくださったことを大変うれしく思います。
 今後の学習生活において、色々ご指導をお願いします。
                 06級応用日語1組 ○麗麗  2008」

これも、そして一年生のちょっとたどたどしい日本語も・・・。
涙が出てきてしまった。
ここにきてわずか2週間足らずでこんなにいい思いをさせてもらっていいものだろうか・・・。

改めて「自戒の銘」を想い起こし、舞い上がらないで腰を据えて仕事をしようと思うのだ。

自戒の銘・・・「教師は、生徒に好かれていると意識したときから堕落が始まる。」

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/08     (3/9 記す)

2年生の一人の女学生と一緒に夕食をとった。
2人だけで話がしたい、と。
「何か困っているの?」
「はい・・・・・・。」

ある先生とソリが合わない、と言う。
その先生の科目は意欲が沸かない、でもそんな自分では駄目なのだとも思う・・・と。

「先生、幸福はどこにありますか?」

思春期から青年期前期での、誰もが歩む通り道。
3時間も話し込んでしまった。

「私の困難は解決しました、ありがとうございました。」
最後はすがすがしい顔で寮に戻っていった。

そうか、私は割り切って日本語を教えるだけの教師にはなりきれないのか。
目の前にいるのは、青春真っ只中の若者たちなのだ。
結局、外国に来てまでも私は「教師」から抜け出せないのか・・・。

自分のキャパシティーをわきまえて、もう少し学生との距離感の調整が必要だよな・・・。
ストレートに気を許してくる若者たちに、少々とまどっている私がいる。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/09   21:20  ( 日本時間  22:20 )

市場に行って野菜と少しの肉を買い込んだ。
肉をダシに使って、野菜スープを作った。

白菜、玉ねぎ、椎茸、青梗菜、名前を知らない菜っ葉。
塩胡椒だけで結構美味しくできた。

N氏の部屋でホームパーティーが開かれた。
彼のファンクラブの女学生3人が色々な料理を作ってくれるのだ。

左上がもち米を使った、とろっとしたスープ。上の真ん中は魚肉のつみれと骨付き肉、蓮の実のスープ。
左下はピーマン入りの玉子焼き。真ん中の人参の下には煮魚が隠れている。
右下のは飛び入り参加の私のスープ。

5人で食べまくり、日本語で喋りまくる楽しい時間を過ごした。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/10   21:10  ( 日本時間  22:10 )

叱ってしまった。

「口語会話」の授業。
先週、教科書1ページ弱の会話文の暗唱を宿題に出してあったのだ。

「だれか二人、やる人はいますか?」
多くの学生が、積極的に、競争のように立ち上がるのだ。
そのうちの二人を選んで、役割を決めて会話をしてもらう。
丸暗記の棒読みであるが、まあ良いであろう。

「会話は朗読とは違いますよね。話している人の心を考えながら話しましょう。」

次の二人は少し良くなる。
「いいですね、会話らしくなりました。」

どんどん会話らしくなってくる。
誉める。とにかく誉める。
10組、20人ほど済んだところで誰も立たなくなった。
「では、先生が指名します。○○さんと○○さん。」じっとうつむいていた二人を指名した。

立ってじっと黙っている。
こちらもじっと黙って我慢する。

「済みません、覚えていません。」
「この会話を暗唱することが宿題だと言うことは知っていましたか。」
「はい、知っていました。」
「なぜできないのですか?」
二人とも黙っている。
他の学生たちは固唾を呑んで見ている。

「皆さんは日本語が上手になるように教えてもらう権利があります。
 私は皆さんに日本語を教える義務があります。 
 私は義務を果たすために宿題を出します。
 その宿題をしないのは、上手になる権利を放棄することなのです。

      (解らないようなので言い直し)権利を捨てることなのです。」

口調を抑えて、ゆっくりと、そして決然とした態度で話した。

「一生懸命勉強しなくて不合格になったら、ふるさとの両親は悲しいでしょうね。
                                   私も今、とても悲しいです。」

みんな凍りついたような表情で私の目を見据えている。
休憩のベルが鳴った。
みんな次の会話の暗唱を始めた。
さきほどの二人も真顔で教科書にかじりついている。

みんな可愛いと思う。
素朴で素直な学生たちを、本当にいとおしいと思う。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/12   21:30  ( 日本時間  22:30 )

1年生の授業は大変である。
なにしろ9月に入学してわずか半年。

寮生活で、「日語精読」「口語会話」「日語聴解」ほかに英語や体育、政治教育の科目などなど、
びっしりと叩き込まれるのだ。

私の担当している1年生のクラスは「口語会話」である。
すでに習っているはずの語彙を確認して、その範囲で説明するのは大変な作業。
必死に着いてこようとする姿、しかし色々叩き込まれすぎていることからくる消化不良
そしてはっきりしている競争社会のプレッシャー。

限界まで頑張っている彼らに、1ページくらいの会話の暗唱を命じなくてはならないのだ。
彼らは優しい指導者よりも、グイグイ引っ張ってくれる指導者を要求している。
自主的な学習、と言うのは苦手なのだ。
この国の、小学校からの教育のあり方が見えてきたような気がする。
「これをしなさい。」と指示されたことは一生懸命するのである。
でも、そこから一歩、自分自身の脚で踏み出すことは訓練されていないのである。

私自身の持つ「教育観」とズレを感じながらも、今彼らにしてあげられることを模索する毎日である。

休憩時間にはわっと集まってきて、知っている限りの日本語で話しかけてくる。
「さくらは、いつさきますか。」
「そうですねえ、3月の終わりころ咲きます。」

これだけの会話が成立することに大喜びしている1年生たちである。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/13   21:00  ( 日本時間  22:00 )

台所の「ラップ」がなくなってしまった。
炊いたご飯を1膳分ずつくるんで冷凍したり、使った残りの野菜などを包んだり、と
結構使うのである。

夕食の時食堂で出会った二年生の学生(2人)に聞いてみた。
これこれ、こういうもの、と説明したら「baoxianmo!(パオシエンモー)」と返ってきた。
漢字が浮かばないのだが音だけを頭に叩き込んで近所のスーパーに買いに行くつもりであった。

「先生、私たちが一緒に行きます。」
連れて行ってくれる、ってわけだ。
「いいよいいよ、一人で行けるから。」
といっても、「では7時に門のところで待っています。」と言って行ってしまった。

時間に門に行くと、なんと5人の女学生がにぎやかに待っていた。
まあ、行ったことのあるスーパーだけど、お言葉に甘えて連れて行ってもらうことにした。
前後左右をしっかりガードして、道を横断するときも腕をつかんでエスコートしてくれるのだ。

「先生、人が道を渡るところはなんと言いますか、『歩道』でいいですか。」
熱心なこっちゃ。
こんなときにも貪欲に吸収しようとする。
ま、私の存在価値がそこにあることは確かだが。

「おうだん歩道と言います。」
「おうだん、はどう書きますか。」
「よこ、に、断定の断と書きます。」(断定、は既習なのだ、文法用語にも出てくるし。)
横断歩道! この漢字は面白いです、よく意味がわかります!」
なるほど、中国語的発想でこの字をみると確かに面白いかも。
ちなみに中国語では「人行横道」である。

そんなこんなでスーパーに着き、めでたくラップを買うことができた。

保鮮膜」とある。なるほど、”baoxianmo”だ。
意味もなかなか的を射ているし、日本語的発想で見ても面白いではないか。

またにぎやかに大学まで戻ると、一人の女学生が「これは桃の花です。先生に差し上げます。」と
手渡してくれた。
女子寮の裏側に、今満開なのだそうだ。
一輪挿しもないので、かわいそうだがペットボトルに。

今もノートPCの横にある。

殺伐とした部屋の雰囲気がいっぺんに変わってしまった。
子供たちの心遣いを、素直に嬉しく思うのだ。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/14  ( 3/16 記す )

今日は同僚で先輩のN氏の誕生日

彼のファンクラブの学生たちがお祝いのホームパーティーを開いたのに私も呼んでくれた。
場所はメンバーの一人、Lさんの自宅。
父親が警察官である、という彼女の家は、日本風に言えば4LDK程の立派な家。
お母さんが料理上手ということで彼女の家に決めたらしい。

N氏本人には場所は知らせていなかった。
「学外で」とだけ知らせてあって、ご本人は近所の食堂くらいでささやかな夕食会程度を想像していたようだ。
「先生、Lさんの家に行くことは内緒です。」と釘をさされていたので、私も黙っていた。

校外に出てタクシーを2台拾って乗せられたときには、さすがに「何かあるな?」と思ったらしいが。

Lさん宅で両親やおばあさんの歓迎を受けて、戸惑いながらも嬉しそうであった。
中国語で「驚喜(jingxi)」というのだそうだ。サプライジング・ハッピネス、である。

写真はご馳走のほんの一部。

ここ龍岩市の料理はやはり南方系の味付けで、あまり辛くなく、少し甘みが勝った味である。
そして娘が自慢するだけあって、どれも本当に美味しかった。

最後に直径50cmくらいのケーキが出てきた。
「○○先生、お誕生日おめでとうございます」と、デカデカと書かれていたので、写真は遠慮した。
ご本人は撮っておられたけれど。

楽しいひと時であった。
 ( 左から4人目がLさん、5人目がN氏、私、Lさんのお母さん )

N氏がどれほど学生たちに慕われているのか、よく理解できた。
少しでもあやかりたいと思う。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/15  ( 3/16 記す )

2年生のクラスの学生さん(男子2人、女子4人)に連れられて「天馬山」に登ってきた。

龍岩市の南に位置する、高さ420mほどの小さい山であるが頂上には塔が立っており、
中腹にはいくつかの仏教寺院や道教の廟がある。

バスで「体育中心」(スポーツセンター、というか400mトラックのある競技場)まで行く。

観客席が数万席あるという、本格的なグランドである。
真ん中あたりに走っている2輪車は、バッテリーで走る電動スクーター。
日本では見たことがないが、ここでは結構走っている。
特徴は走行音が静かなこと。
マフラーがないのですぐに見分けられる。

その後ろから来るのは三輪車。
250ccくらいの自動二輪車の後輪部分が、すっぽり客席に改造されている三輪車。
私も一度乗ったが、乗り心地はあまり良いものではない。
タクシーより少し安いが、バス路線のない地域でタクシーも拾いにくいところだと吹っかけてくる。
ま、そこは交渉。乗る前に交渉するのだ。

この右側に、天馬山の登り口の公園がある。
 

この木の名前はなんだろう?
学生は「綿花」だと言うのだが・・・。

800段以上もある階段や、なだらかな坂を登ってゆく。
途中にあった「如意橋」
 

途中で四季桜を見つけた。
「これも桜の一種です。」というと、桜を見たことがない、という彼らは喜んでいた。

40分ほど登ったであろうか、頂上の塔に着いた。
 

頂上から見た龍岩市の景色は綺麗である。
我が龍岩学院はずっと向こうに霞んで見えない。

山奥の地方都市とはいえ、人口50万、その規模がよく解る景色である。

反対方向に下りてゆくと寺院があった。
  

結構参拝客も多く、小学生が線香を持って膝まづいている姿が印象的であった。
鐘楼の鐘がいかにも中国的である。

すぐ下の「精進料理」の店に行ったのであるが、「予約が必要」と言われてダメ。
「ここの料理は野菜だけですが、美味しいです。」と残念そうだった。

結局バスに乗って大学まで戻り、近くの食堂でみんなで昼食をとった。
( 写真を撮り忘れた )少し淡白な味の龍岩料理。
私が魚好きであることを知っている彼らはちょっと高い煮魚も注文してくれた。
「なまず」だった。( 淡白な白身魚で、生姜を効かせたとても美味しい味付けだった。)

13時頃お開きとなり、それぞれ寮に戻った。
私は1時間ほど昼寝。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/16       20:00  (日本時間 21:00)

のんびりできた日曜日。
寝坊して8時頃起きた。
昨夜寝る前にしておいた洗濯物を干す。
テストの採点をする。
14日と15日の分の日記を書く。
昼寝をする。

どうも教務に貰った名列表が使いにくい。
EXELL で自分用にアレンジして作り直す。
近所のコピー屋さんに持ち込む。
USBフラッシュメモリーのまま持ち込めばよいので助かる。
そこのコンピューターもWinXPで、日本語もそのまま打ち出される。

はがきくらいの厚さ(135K?)の紙に15枚印刷してもらって15元。
一枚1元ってことは、一枚15円かあ。
ちょっと高いよな。
だけど日本のコンビニでこんな厚紙にコピーしたら多分10円では済まないだろうから
まあ、そんなもんかな。

そして今これを書いている。
これで日記が追いついた、って訳だ。

さて、明日の授業の予習をして寝ようかな。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/17       21:30  (日本時間 22:30)

1時間目の授業中、にわかに空が暗くなった。
本当に日没後の夕刻のように暗くなったのである。

生徒がそわそわしてきた。
果して雨が降り出した。
土砂降りの雷雨である。
「雨傘帯来了没有?」(傘持ってきた?)と隣同士でささやきあっている。
私がかばんの中からおもむろに折り畳み傘を取り出して見せると、「おお〜っ!」という歓声と、
拍手が沸き起こる。
ただ、いつも何となく入れてあるだけなのであるが。

ついでに「備えあれば憂いなし」という言葉を説明する。
ちょっと文語調であるが、漢字で書くとすぐ理解してくれる。
「口語会話」の授業ではあまり漢字に頼りたくないのだけどな。
こんな脱線話の方を熱心に聞くのは、日本の学生と変わらない。

幸い授業が終わる頃には小降りになり、傘のない学生でも走って帰ればずぶ濡れにはならなさそうだ。

昨夜日本宛の手紙を書いたので、一人の学生に「一番近い郵便局はどこ?」と聞いてみた。
私がご案内します。昼食後一緒に行きましょう。」だって。
まただよ。
本当にここの学生は情が篤いよ。
まあ、(シメタ、先生と日本語で話ができる。)という気持ちも混ざってはいるだろうけど。

昼食後2人でバスに乗って行った。
校門からバス停まで、話し通しである。

バスではまた青年が席を譲ってくれたよ。
私が外国人だから、というわけでもない。
すぐ後から乗ってきた老婦人にも若い女性が席を譲ろうとしたから。

そうしたら、20代後半くらいの男性が片手ですっとその女性を制して、自分がその老婦人に席を
譲ったのである。

そんなことは日常茶飯事の当たり前のこと、という感じの、別に何も変わらない車内の雰囲気
そんな中で一人ジ〜ンと感動している私。
改めて自分の母国の人心の荒廃を考えさせられた。
もしこの人たちと名古屋の街に行ったとしたら、きっと恥ずかしくなるだろうな。

郵便局では中国語は使わなかった。
彼女が一生懸命通訳してくれるから。
彼女にとっても滅多にないチャンスだろうから。

日本まで航空便で5.5元、約80円である。
日本と余り変わりがないようだが、それだけあればチョットしたものが食べられるだけの金額でもある。

帰りのバス停までの間に、輸入品専門のコンビニがあった。
「ここは、日本と韓国と香港の品物だけがあります。」
入ってみる。
赤味噌が欲しかったのであるがダメだった。
海苔巻き用に海苔が欲しかったのであるが、短冊に切った味付け海苔しかない。
日清食品の「出前一丁」を見つけたので買ってしまった。

日本からの直輸入ではなく、香港の工場で作った、Made in HongKong。

話は変わって夕食後。
近所の喫茶店に行く。
お気に入りになってしまったミルクティーを頼む。
隣のテーブルに日語科の男子学生がいてチャーハンを食べていた。

授業中や休憩中には滅多に口を開かないおとなしい学生であるが、私を見つけると話しかけてきた。
チャーハンを食べるのも忘れるくらいの勢いで話しかけてくる。
教室や廊下ではちょっと気後れしているようだけれど、喫茶店なら大丈夫。
他の学生の目を気にしないで話ができる、「チャンス到来」なんだろうな。

チャーハンを食べ終わると「お先に失礼します」と言って出て行った。
私はそのまま残って、ある書類に目を通した。(本来はそのために行ったのだけどな。)

一時間ほどしてお金を払って帰ろうとしたら店の人が受け取らない。
「那个学生已経付過了。」(あの学生がもう払いましたよ。)

おっと〜。
またしてやられたか。
こんなのでイイのかなあ?
ちなみに、ミルクティーは2.5元(約38円)、彼が食べていたチャーハンは6元(約90円)である。
ま、課外授業代としてありがたくご馳走になっておくことにしよう・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/18       19:50  (日本時間 20:50)

風邪をひいたらしい。
実は昨日の午後あたりから喉がヒリヒリし始めたのだ。
今朝起きたらびっくり、声がかすれて出ないのだ。
熱は微熱程度なのでそれほど辛くはないのであるが、これでは授業はできない。
幸い今日は授業のない日だから良かったが。

学内の診療所に行った。
40代くらいの女医さんが診てくれた。
別に白衣を着ているわけでもないし、その辺のおばさんと変わりがないのであるが。

このかすれた声を聞いて、喉の奥を眺めてすぐに薬を処方してくれた。
毎食後飲むカプセルの薬、トローチとそっくりな味の舐める薬。
それから喉の奥に噴霧するスプレー式の薬、これは龍角散とそっくりな味である。
もう一種類、ぬるま湯に溶かして飲む漢方薬、小さい頃に飲んだ茶色い咳止めの水薬とそっくりな味。
これらを3日分くれて、ぜ〜んぶタダ。

昼寝をタップリしてかなり楽になった。
4時半ごろあるクラスの学習委員から電話があった。
今日は19時から「日本語コーナー」を開くので・・・という話。
「日本語コーナー」というのは特に企画があるわけでもなく、日語科の学生が自由参加でフリートークをするのだ。

「その声ではいけません、先生は部屋で寝ていてください。」と気遣ってくれる。

しばらくするとドアをノックする音がして、彼女が現れた。
「これはナシです。ナシは喉に良いので食べてください。」といって一袋のナシをくれた。
「お茶をたくさん飲んでください。」とも。

5時半頃に、今度は男子学生が二人現れた。
「先生、夕ご飯を食べますか。どこで食べますか。」
「食堂に行って食べるつもりです。」
それはダメです。部屋にいてください。私たちが用意します。」

それじゃあ、と彼らの言うとおりに待っていたら、30分ほどして現れた。
左上は女学生がくれたナシ。
 

おいおい、こんなことまでしてくれるのかよ。
寮は火気厳禁、自炊もできないから食堂で調達してきたのであろう。
「いくらだった?」と聞いても答えないしお金を受け取ろうとしない。
「先生は一人で外国で生活していますから・・・」
なるほど、言いたいことは十分伝わってくる。
「お茶をたくさん飲んでください。」 同じことを言ってくれるよ。
中国茶は、風邪にも良いらしい。

ありがたく好意を受け取ることにする。
だけど、ご飯が300gはあるよな。
半分は「保鮮膜」にくるんで冷凍室へ。
しみじみと、一口一口噛みしめながらゆっくり頂いた。

さて、今夜は十分休んで明日の授業にそなえよう。
あすは授業満タンの日だし・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/19       21:10  (日本時間 22:10)

どうもここ、龍岩の街や大学、学生たちや近隣の人々に「惚れて」しまいそうである。
いただいたコメントの中で、一気通貫氏が、「ミクロ・マクロ」という言葉で表現されていたが、
どうも視点の広さの問題だけではなさそうだ。
「観点」の問題かもしれない。

他国を理解しようとするとき、マス・メディアの報道にどうしても左右されてしまう。
これはどの国でも同じ、お互い様であり、また、マス・メディア、という窓しかないのだから止むを得ないことであろう。

しかし、そこから得られる情報は、「政治・経済」関係の情報がほとんど、そしてわずかな「文化・芸術」に関する
ハイレベルな情報。
我々が持っている中国についての情報、ってどんなものだろう・・・。

これは「お互い様」であって、一般の中国人が持っている日本に関する情報は、先の戦争に関すること、急成長を遂げた
経済のこと、(トヨタ、ヤマハ、ホンダ、ソニーは誰でも知っている)そして富士山と桜、ちょっと教養のある大学生で、
歌舞伎や能・・・、その程度なのだ。
「家の中では靴を脱ぐ」、このことだけでもビックリする学生が大勢いるのだ。

一般庶民の生活の中にある「人情・風俗・習慣」などは、相互に理解する窓口を持たないのである。

ここにはもう日本では廃れてしまった「儒教的精神」が(良い意味で)残っている。
長幼の序、弱者に対するいたわり、そんなものが「普通に・当たり前に・肩肘張らずに」存在しているのだ。

今日は3コマの授業があった。
1時間目から学生に言われた。
「先生、風邪はもう大丈夫ですか、私たちは真面目に自習します、先生は部屋で寝てください。」

声が少しかすれているだけで、熱もないから大丈夫、と、授業を進める。

次の授業ではペットボトルのミネラルウォーターが渡される。
「たくさん水を飲んで風邪がなおります。」
その心根が嬉しい。
微妙に表現のおかしいところを指摘することなんて、この際できない。
(それをしてあげるのが教師の責務なのであろうが・・・。)

授業が終わると、さっと誰かが私のかばんを持ってくれる。
数人の学生が周りを取り囲んで、あの階段を上るのをエスコートしてくれる。
これは、私が個人的に学生に人気がある、という意味ではないのだ。
友人の中に体調の悪い学生がいても同じように対応しているのだ。
最後は一人の男子学生が、この四階の私の部屋までかばんを持って付き合ってくれたのだ。

これに反して、ある面での「公衆道徳」の悪さが指摘されている。
食べ物の残り、果物の皮、ハンバーグの包み紙など、これらを平気で道端に捨てる。
このギャップについては理解に苦しんだ。

私がごみを持って帰ろうとすると、不思議そうな顔をするのだ。
「日本ではゴミは家に持ち帰ります」といっても「なぜですか。」である。

今日理解できた。
朝早く、数人のおばさんたちが構内の道路を掃除しているのだ。
大きな箒と小さな箒、そして荷車を牽いて。
彼女たちは大学が雇っている「清掃人」である。
街の道路も同じで、市が雇った清掃人が毎日掃除をしているのだそうだ。

この国は巨大な人口を抱え、皆が少しずつの収入を得て食べて行かなくてはならない。
そのためには、細分化された仕事が必要なのだ。

道にゴミを捨てる。
このことは彼女たちに1日食べられるだけの仕事を作っていることなのだ。
ゴミを持ち帰る。
このことは彼女たちの「仕事を奪う」ことなのだ。
マナーの問題として単純に考えられることではないのだ。
優れて「経済の問題」として存在する「風習」なのだ。

他国の文化・風俗・習慣・人情を理解することは難しいものだ。
「表層」だけを見て解ったつもりになっていた自分の愚かさを思う。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/20       17:50  (日本時間 18:50)

ひどい目にあった、そしてやっぱり「人情」。

二階の第2食堂で昼食をとった。
いつものように4つに仕切られたステンレスのトレイとスプーンを持って並ぶ(というか、群がる)。
100gのご飯と煮魚、もやし炒めと茹でた青菜、それで3.3元(約50円)。
日本の学食でも480円、って所だろうから、実感する物価の違いは10倍である。

で、席に着こうとしたときにコトは起きたのだ。
一つのテーブルと4つの椅子が一体となっているのだが、私の椅子がいきなり壊れたのだ
 

左が正常な状態、右が壊れて片隅に寄せられた問題のテーブル。

私はずるっと右側に転げ落ち、尻餅をついてひっくり返った。
こんな時に、昔体育の授業でイヤイヤやらされた柔道の「受身」が役に立つものなのだ。
幸い最小限の痛みですんだ。

テーブルにおいたトレイがスーッと滑ってこっちに来るではないか!
とっさに左手が動いてトレイを左に払った。
こんな時に、面白半分にかじっていた「太極拳」の基本動作が役に立つものなのだ。
最小限の動きで、トレイは左腕を滑って床に落ちた。・・・裏向きに!

「やれやれ、とりあえず服を汚さずにすんだか。」、と思った瞬間、近くで食事をしていた学生数人が
さっと立ち上がって寄って来たのだ。(私のテーブルには誰もいなかった。)

(以下、中国語であるが、日本語に直しておく。)
「大丈夫ですか。」と言いながら両脇から私を抱え起こす。
「誰か呼んでくる。」と叫んで一人の女学生が走り出す。
「わ〜、服にかからないで良かったわね〜。」
ティッシュペーパーを取り出して、床に飛び散った食べ物を、寄せ集める学生。

従業員が2人跳んできた。
「どうもすみません、どこか痛くはないですか?」
「いえ、何ともありません、大丈夫です。」

二人の従業員は、テーブルをさっと隅のほうに運んで、床の掃除を始めた。
学生「〜〜〜〜〜〜〜!」
従業員「〜〜〜〜〜〜!」
早口で聞き取れない、ひょっとしたら龍岩語かも。
従業員の一人が慌てて跳んで行く。

( やれやれ、また並ぶとするか。) と動き始めた瞬間、
「あ、ここで座って待っていてください。」と学生が言う。

しばらくすると、従業員がトレイとスプーンを持ってきた。
「どうもすみません、これで良かったでしょうか?」
ん? 100gのご飯と、煮魚、もやし炒めと茹でた青菜(えっ、青菜の種類がちがうなあ・・・。)
それでも、後始末をしながら中身を観察していたのかなあ、学生が中身を見ていたのかな?
「いやあ、手間を取らせましたねえ、私の不注意で。」
「いえいえ、設備の点検は私どもの責任ですから・・・。」

周りの学生たちに「どうもありがとう、皆さんは親切ですね。」と言うと、
口を揃えて「当然のことです。」、と。
にこっと笑うと、みんなほっとしたような顔をして自分の席に戻っていった。

そこには日語科の学生はいなかったなあ・・・。

しかし、管理のシステムはお粗末だよな。
もしあそこで私が腕を折ったり腰を痛めたりしたら、一体誰がどう責任を取るのだろう?

まったく呆れるやら、例のごとく学生の優しさにジ〜ンとくるやら・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/21       20:40  (日本時間 21:40)

また野菜を買ってきた、これだけ全部で5.8元(約90円弱)

左がモヤシ(豆芽、douya、まんまですな。)250g
白菜と青梗菜。
隣が「芥藍」、ブロッコリーなどと同じアブラ菜科の野菜で、長く伸びた茎を食べる
でっかいカリフラワーの茎の部分だけを想像していただければそんなものでしょう。
塩茹でするだけで美味しい。

一番右が、????!
ネギだと思って買ったのであるが、切ってみて驚いた。
どうもネギではないらしい。
まあ、その類のものであることは間違いないであろうが。

とにかく凄いニオイなのだ。
なんと形容したらよいか・・・
ネギと玉ねぎ、ニラ、ワケギ、そして最後にニンニク!!
これらを全部みじん切りにして、よく混ぜてすり鉢で念入りにすり潰したとしたら・・・。

想像してみて下さい。
上の形容でも足りないくらいの強烈なニオイなのだ。

香菜(シャンツァイ)も平気なこの私も参った!
いまだに指先にそのニオイが染み付いている。
石鹸で念入りに洗ったのに!

部屋中にニオイが広がってるよお〜・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/22       19:40  (日本時間 20:40)

テレビのニュースで見つけた。
一応報道されていたんだなあ・・・・・ま、こんなもんだろうけど。

「わが国のチベット自治区(政府)は、
 ラサの、破壊・略奪・放火などの重大な暴力犯罪事件を、法に依って処置(する・した)。
 国際社会の広範な支持を得(る・た)。」(原文に忠実に意訳)

中国語には、基本的にテンス(時制)がないので、この表現は過去形とも未来形とも決められない。
アスペクト(未完・既完・進行など)を表す助詞は存在するのだけれど、使われていない。
したがって、その処置が既完なのか未完なのか、はたまた進行中なのかも読み取れない。

便利というか何と言うか・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/23      19:50  (日本時間 20:50)

学生さんが故郷の民謡を歌ってくれた。
録音して公開しても良いかと聞いたら快くOKしてくれた。
実名入りでの公開です。

中華人民共和国 福建省龍岩市 龍岩学院外国語学院 日語本科二年生 周佳珍さん(湖北省出身)
曲名:「到底人間歓楽多」(やっぱり世の中楽しいことが多いのさ)

ここにあります。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/24      22:10  (日本時間 23:10)

全自動洗濯機。
 クリックしてみてください。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/26      17:40  (日本時間 18:10)

昨日はバタバタと忙しい日であった。
洗濯をして、買い物に行って、振り込まれた給料を少し引き出しに行って・・・。

給料は銀行振り込み。
中国農業銀行、という「職域銀行」らしい。
近くには、商工銀行もある。

でも、なぜ大学が農業銀行なのだろう。
ま、大学の近くにATMがあるからいいだろう。
ところが、そのATMが「暫停」なのだ。ありゃ〜、である。

仕方がないので、商工銀行のATMで試してみた。

カードを入れると受け付けられた。
暗証番号は6桁、日本よりセキュリティが高いのか、低いから6桁必要なのか・・・。
めでたく400元引き出せたが、他行のカードということで、手数料を1元取られてしまった。
約15円、ま、いいか、日本より安いし。
でも、1元あればバスに一回乗れるから、手数料としては高いのかも。

この400元は、「居留証」(外国人登録証のようなもの)をもらうために「公安」に払う手数料。
¥6000だよ! 高いこと!

大好きな街角。

右奥が大学の正門。
ここの果物は美味しいのだ。
時々リンゴやナシを買う。
「芒果」”mangguo”、マンゴーである。(これは頂き物だけど、ここでも売っている。)
 美味しいよ。

夜は3年生の学生3人が夕食に誘ってくれた。
授業には行っていないから直接の面識はないのだが、「新しい日本人の先生が来た」ということで
一度話がしたかった、とのことらしい。
専科生なので今年で卒業。
一人は龍岩市内の貿易企業に就職が決まっているという。
日本語の文書の翻訳が主な仕事になるらしい。
あとの二人はアモイの大学に再進学するという。
編入になるのだが、編入試験は4月で、今猛勉強中だという。
3人ともなかなか流暢な日本語を話す。

「清湯粉」である。

ビーフン(米粉)なのだけど、日本でもよく見られる「炒粉」ではなくて、ラーメンのようにスープに入っている。
なかなか美味しい。

夜7時からは「日本語広場」
日語科の学生が自由参加でおしゃべりをする。
私とN氏がゲストとして招かれ、輪の中に入っておしゃべりに参加する。
一年生が「寸劇」を用意してきて見せてくれた。
セリフは棒読みに近いが、一年生としてはハイレベル。
楽しい寸劇で大いに笑った。

そんな訳で昨日はバタンキュー。
日記の更新はできなかった。
今日は授業3コマこなして、やっと一息ついたところ。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/27      (3/28 記す)

あり得ない話だ!!

日本では考えられないこと。
大学のすぐ北側に「閩西監獄」がある。
聞くところによると、凶悪犯罪人が収容されているのだそうだ。

考えられないこと、その1
   夜になると門の看板がネオンで華やかに輝くこと。
   宣伝する必要はないと思うのだが。
   三好の「名古屋拘置所」だって、ひそやかに、目立たぬように小さい看板があるだけ。

考えられないこと、その2
   一般人が自由に出入りできること。(ホントは外国人はダメなのだそうだが・・・。)

学生が、「監獄の中の公園に散歩に行きましょう。」と言ってくれたのであるが、
「えっ!」という感じで返事をしていない。
今日、暇な時間に試しに行ってみることにした。

まずは、近辺の地図。

緑で囲った部分が大学の敷地。
出入り口以外は高い塀で囲まれている。

北側の赤く囲った部分が監獄である。
もちろん高い塀で囲まれている。
監獄の正門と大学のグランドあたりの位置関係を把握しておいていただきたい。

遠回りをしてみた。
校門から出ていつもの交差点まで歩き、左折して次の大きい交差点まで行く。
また左折して「解放路」を北に進む。

肉屋さんがあった。
ちょっとショッキングな場面でした、自信のない方はクリックしない方が良いでしょう。

道端にちょっとでも空いた地面があると、必ずと言っていいほど野菜を作っている。
公道なんだろうけどなあ・・・。

あったあった、「閩西監獄」の東門

なんと、門は閉じているのだけれど、右の通路(ちょうちんの下)から入れてしまう。
守衛さんはいるのだけれど知らん顔。

ほぼ真っ直ぐな道路が走っている。
正面はるか左側に大学の建物が見えている。

途中、右側に、今度は背の高い、上に電流が流れていると思しき塀に囲まれた一角がある。
門は鉄格子の厳重なもので、衛視が二人立っている。
これはチョットカメラは向けられないな。
なるほど、この中が監獄の本体の訳か。
シャバと監獄の間に広い緩衝地帯があって、そこは一般人にも解放されている、というか黙認しているというか。

ぐっと左に曲がってしばらく行くと、「正門」から出てしまった。
写真は正門の外から撮ったもの。

一番右側に注目して欲しい。
右の塀の中は大学のグランドなのだ。
守衛室があるのだけれど、入ってビックリ。

なんと、大学のグランドに出てしまった!
この写真は大学のグランド側から守衛室を撮ったもの。
大体、守衛室に勝手に入っても何も言われない!
あり得ないことだ!

学生が「監獄に散歩に行きましょう。」と言うのが冗談ではないことがやっと解った。
中には綺麗な公園もあったし・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/28      (3/29 記す)

娘が6人料理をしに来てくれた。
我が家の台所は電磁調理器が一つ、おまけに換気扇もない。
ご飯を炊いたりスープや煮物程度ならばOKであるが、油をタップリ使った炒め物などはヤバイ。

下のN氏の台所にはガス台が二つと強力な換気扇もついているので、お借りすることにした。
3人ずつに分かれて料理してくれた。
できあがると、N氏にも来ていただいて8人でにぎやかな夕食になった。
 

手前左から、豆腐と野菜の炒め物、青椒肉糸、玉葱の醤油炒め、
中段が、ジャガイモ炒め、苦瓜と卵、向こうが、胡瓜の甘酢かけ、茄子の炒め物、茹でた青菜
その奥の低いテーブルには、鶏の団子のスープとご飯がある。
どれもみな美味しかった。

普段教室ではあまり目立たない子が多いのだが、みんなよく喋った。
日本語を実地に使うチャンスは滅多にない環境だから、そのチャンスを精一杯楽しんでいる。

う〜ん、だけどこの中で名前を知っていたのは一人だけ
あとは今日初めてその気になって覚えた。
N氏は去年から教えている学生だからみんな知っていたのに・・・。

N氏の誕生パーティー、山登り、そして今日。
同じクラスなのに違うグループなのだ。
このクラスの男子学生は5人、あと30人は女学生。
寮で同じ部屋であっても人間関係は複雑らしい。

とりあえず二十数人は名前を覚えたし、こうして教室外でも時間を共にした。
「等距離外交」って、ケッコウ難しいんだよな。
それなりに神経を使うんだよな。

監獄の公園での散歩、複数のグループからお声が掛かっているけど、どのグループと行こうか。
これは難題・・・・。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/29      22:00   (日本時間 23:00)

4月から日本に派遣されるL女史の壮行会をN氏と日本語のできる英語のM氏とで行った。
ここ龍岩市にも最近日本料理屋が開店したのである。

うなぎ定食二人、てんぷら定食一人、刺身定食一人。
刺身定食はM氏(中国人)である。
長崎に留学経験のあるM氏は刺身が好きになったという。

吸い物にレンゲが付いてきたり、とか、若干奇妙な点もあるのだが、味は間違いなく日本料理
口取り、茶碗蒸し、サラダ(冷采)、卵豆腐、デザートにフルーツ盛り合わせ(リンゴ、オレンジ、パイナップル)。
「朝日ビール(生だった!)」で乾杯して、L女史の前途を祝した。

で、勘定は全部で400元ほど。
N氏とざっくり折半して200元ずつ。
一人100元だから、こちらの感覚ではとんでもなく高い贅沢
だけど換算すると一人1500円
う〜ん、この内容ならば日本のちょっとした店でも3000円は下らないだろうから、お値打ちなのかな。

話は変わるが、「アメブロ」にアクセス解析機能があることに初めて気が付いた。
あっ、と驚く機能が付いていた。
1時間単位でのアクセス数、1日単位、一週間、一ヶ月、と、色々な角度からの分析結果がわかる。
私の日記を見てくれている時間は、ほぼ毎日23時〜24時(日本時間)がピーク。
それに混じって、朝4時〜5時、なんて時間にもアクセスがあるのだ。
びっくり、そして感謝、である。

ランキング、なんてのもあったから機能をONにしてみた。
えっ、である。
昨日までの一週間でのランキングがジャンル(ブログ)で2149135人中6566位。
なんと、上位0.3%以内なのだ。

今まであまり気にしていなかったのであるが、一日のアクセス数を見てビックリした。
1日平均ン百件ものアクセスがあるではないか。
精々ン十件程度だと思っていたのに・・・。

でもおかしいぞ、サイト「Craneのページ」のアクセス数は一日*十件位なのだ。
なぜ一桁近く違うのだろう。

気をつけてみてみたら、「参照元URL」の解析機能まであった。
つまり、このアメブロの私の日記に、どこから飛んできたのか、が解るのである。
IPアドレスが解る、とか、見ている個人が特定できるという意味ではない。

例えば「Craneのページ」の「鶴の一声」のページから入った人が何人いるか、が解るのだ。
その数は、ほぼトップページのカウンターから見たアクセス数に一致する。
あとは、ameblo のトップぺージから来てくれる方が少々。
あっと驚いたのが、「お気に入り・ブックマーク」から直接アメブロの日記に飛び込んできてくれる
人が、アクセス総数の70〜80%もいるのだ。

つまり、「Craneのページ」の「鶴の一声」の「今日の一声」をクリックして来てくれるのではなく、
この日記のページを直接「お気に入り」に登録してくれている人が大勢いるのだ。
ありがたいやら気恥ずかしいやらプッシャーを感じるやら・・・
そういう方のアクセスは、トップページのカウンターには反映されない。
だから、この日記へのアクセス数が、トップページのアクセス数の数倍にもなるのだ。

励みになることは間違いないのだけど、プレッシャーを感じてはだめだよな。
所詮、毎日のたわごと。
書くことが義務になってはダメだと思う。
公表しているとは言え、結局は自分のための日記。
これを読むことを楽しみにしてくれる皆さんがこんなにもいることに感謝しつつも、マイペースで行きたい。

そうそう、中に、http://15.pro.tok2.com/~crane/  から来てくださる方が数%いらっしゃいます。
このURLアドレスは、私のサイトの、「物理的URL」です。
つまり、プロバイダー(tok2pro)の15番目のサーバーにあるID=crane のページを指しています。
これは不変なものではなく、プロバイダーの都合によりいつ変更になるかわかりません。
そんな場合でも私の「論理URL」は不変ですので、 http://crane.hobby-web.net/
の方に変更していただきますよう、お願いいたします。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/30      22:20   (日本時間 23:20)

N氏宅で餃子パーティ。
学生さんたちの出身地がばらばらなので、味付け、作り方は折衷。
結局は日本人にもなじみのある味の水餃子ができた。

餡づくり、とにかく細かく叩きつぶす。
ミンチなんてものも売ってないので、豚肉も叩く。

皮伸ばし、N氏の腕がさえる。

よってたかって楽しく包む。 これも地方によって形が違うようだ。
Crane も神妙な顔で挑戦。

大椀に3杯、それぞれ違う味の水餃子が完成。
  

どれも大変美味しかった。
学生4人とN氏と私、6人でおしゃべりしながらいただく。 満腹。
残りを少し貰って冷凍してある。
明日の朝も餃子だな。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


2008  03/31      19:30   (日本時間 20:30)

連日雨である。
洗濯物が乾かないのが困る。

ハタと気が付いた。
我が部屋にはヒーターというものがあったのだ。
トイレ兼シャワー室である。

来た当時は助かった。
シャワーを浴びるときにつけておくと、体を拭くときに暖かいのだ。
最近はその必要もなく、ヒーターの存在は忘れていたのだ。

さっそくスーパーに行って、荷造り用のゴム紐を買って来てセットしてみた。
ヒーターを入れて換気扇を回す。

もちろんドアは閉めておくのであるが、ドアの下部には空気抜きの桟があって空気が入る。
下から空気を吸い込んで、衣服から出た水分を含んだ空気を換気扇で吐き出す。
そういう算段である。

問題はこのヒーターのパワーの大きさである。
入っていて熱くてしようがない、というほどでもない。
しかし、ちょっと心配。
乾いた後で加熱を続けて火が出る、なんてことがなければ良いのだが。
綿は大丈夫だろうと思うのだが、化繊やフリースなどは熱に弱いかも知れないし。

とりあえず2枚、テストで干してある。
ちょくちょく見に行って、効果がどの程度のものか確認したいと思っている。
寝る前に乾かなかった場合にはテストは中止するつもり。
一晩このまま、ってのはいくらなんでも怖いもんな。

戻るにはブラウザーの『戻る』をお使いください。


  Crane Top Page に 直行