自分が慣れ親しんでいる方言があれば、テレビなどの、いわゆる
共通語の発音とはどのような点が異なるか、観察せよ。

名古屋弁の母音についての考察

ここでは名古屋市、一宮市のネイティヴの発音を対象とした。

一 日本語の「う」について 

   ローマ字では、/u/ と書くが、英語や多くのヨーロッパ言語の/u/とは違う音である。
   英語等の/u/は、「円唇後舌狭母音」である。

   つまり、「唇を丸く突き出し、舌は奥に引き、口の開きは狭い」音である。

   それに対し日本語の「う」は、円唇後舌狭母音」である。(地方によっては、円唇。)
   
つまり、唇はほとんど突き出さない、わずかに、ホンの少しだけ丸めるだけである。

   音韻記号としては英語と同じく、/u/ が用いられるが、万国表音文字では、[]と表される。
   日本人の耳にはどちらも/u/という音韻の範疇に聞えてしまうので注意が必要。
   英語などの印欧語の/u/は、しっかりと唇を突き出さないといけない。

   /o/についても、円唇の程度は弱く、円唇後舌半狭母音」と考えられる。

   日本語の「あいうえお」は、音韻としては、/a/、/i/、/u/、/e/、/o/、
   音声としては、[]、[]、[]、[]、[]としている。

   名古屋弁の「あ」は、[]より口の開きが少し狭く、[]に近く発音される。

二 名古屋弁には母音が8つあるか。

  とりあえず結論であるが、

  音声学的には正しい。
  音韻学的には正しい表現ではない。

三 音声学的にみた8つの母音

  あ、い、う、え、お、とあと3つである。

  IPAの表音文字で書くと
  []、[]、[]、[]、[]、[]、[]、[] 最後の3つは長母音である。

  標準語では、
  「あ」、[い]、[う]、「え」、「お」、「あい」、「おい」、「うい」 に相当する。

  二重母音/aJ/、/iJ/、/uJ/、/eJ/、/oJ/、のうち、
  /iJ/、/eJ/、は[ii]→[i:]、[ei]→[e:]、と長母音化されるので、ここでは触れない。
  /aJ/→[]→[]、/uJ/→[]→[]、/oJ/→[]→[]、となるのである。

  英語、ドイツ語、フランス語の知識のある人には、[]、[]、[]は、
  []または[ä]、[]または[ö]、[]または[ü]が解かりやすいかもしれない。
  []、[]、[]は、それらより中舌化しているし、唇の丸めの(ほとんど)ない音である。

  []は中舌からやや後舌に、[][]はやや後舌から中舌に、という遷移も聴き取られる。

  これらの音は、必ず長音として使われ、決して単音では使われない。
  標準語の「あい」、「おい」、「うい」と明確な対応をもって出現し
  意味上の対立関係は存在しない。
  
( 「お前」の「おまえ」 、/omae/ も、[om]となる。)
  つまり、この三つの音はあくまでも「二重母音の変形」にとどまっている。
  「二重母音のallophone」であり、1シラブル、2モーラの音である。
  独立した母音としての地位は与えられていないのである。

四 実際の音声(話者はCrane本人である・・・豊明市生まれ、名古屋市北区育ち)
    (番号を左クリックしてください。 聞こえない場合は、ゆっくり2回クリックしてください)

 1. う ・・・ [:]と[] 

 2. あいうえお ・・・ 標準語(東京、神奈川方言)と名古屋弁

 3. あい、おい、うい ・・・ 標準語[]、[]、[]と名古屋弁、[]、[]、[
                                      および、[]、[]、[

 4. []、挨拶、催促、会いたい、買い物、エビフライ、大概、
        お前さん、20歳、いこまい、もったいない、暗い

 5. []、すごい、物凄い、とろい、面白い、黒い、線路沿いに、脂っこい、どえらい=[

 6. []、熱い、寒い、古い、ぬるい、明るい、にすい(=鈍い)、まずい

 「あい」については、原則としてほとんど[]が採用される。
    ただし、「差異」のように、sa+i と、2重母音でなく、2シラブルとされるものは、
    []([])と発音される。
    また、語頭の「あい」もそのまま発音されることがあるが、個人差がある。

 「あい」との対応が見出せない語彙にも[]が使われる場合がある。
    こっちいりゃー、飲みゃー、書きゃー、等の命令形は、[][]が併用される。

 「おい」「うい」については、語尾、特に形容詞の語尾では[][]が採用されるが、
    語頭、語中においては、本来の「おい」「うい」のまま発音されることが多い。
    例、「鯉」「恋」「添い寝」「水道」「向いている」「随分」・・・
      特に、「故意」のように、ko+i と、2シラブルとされるものは、必ず[]と発音される。

      「濃い」は、「こゆい」、「こいい」と発音され、単独で[]と読まれることはない。

五  「あい」についてのネイティヴ話者の例  Y氏(名古屋市東部  46歳 男性) 赤色文字
                    
H氏(一宮市 53歳 男性) が、Y氏と異なる部分 緑色文字
                Crane(名古屋市北部  60歳 男性)が、Y氏と異なる部分 青色文字

  ]        []       []便宜的に下記のひらがな表示を採用。
1 赤い      a あかい     b あけぁー  (あっけぁー)
2 固い      a かたい     b かてぁー  (かってぁー)
3 境目      a さかいめ    b さけぁーめ (えぁーさ)[:s]
4 働いて     a はたらいて   b はたれぁーて
5 その際に    a そのさいに   b そのせぁーに
6 差異がある   a さいがある   b せぁーがある
7 買い物     a かいもの    b けぁーもの
8 態度      a たいど     b てぁーど
9 運動会     a うんどうかい  b うんどうけぁー
10 会の役員    a かいのやくいん b けぁーのやくいん
11 下位のひと   a かいのひと   b けぁーのひと
12 飲みたいなあ  a のみたいなあ  b のみてぁーなあ
13 ビール一杯   a びーるいっぱい b びーるいっぺぁー
14 もったいない  a もったいない  b もったいねぁー
          c もってぁーない d もってぁーねぁー
15 財布      a さいふ     b せぁーふ   b せぁーふ
16 入っている   a はいっとる   b へぁーっとる b へぁーっとる
17 お前さん    a おまえさん   b おめぁーさん
18 面倒くさい   a めんどくさい  b めんどくせぁー
19 こっちへこい  a こっちへこい  b こっちこやー
          c こっちきやー  d こっちいりぁー
20 参ったなあ   a まいったなー  b めぁーったなー


注 

  []については、[]の方が正しいのではないか、という疑問がある。
  []の方が開口度が狭くて、「あ」が[]より[]に近いとするならば、
  その方が妥当ではないか、という考え方である。
  自分も含めてネイティヴの発音を観察したのであるが、
  「あ」単独ではやや狭く、「あい」ではやや広くなるような気がするので、[]を採用した。

参考文献  IPAのWEBサイト  http://www.coelang.tufs.ac.jp/ipa/

      「<危ないai>が<危ねーe:>にかわるとき」 著者:福島直恭、出版社:笠間書院

付録(名古屋市内育ち、32歳、女性、Cさん提供の日常的会話より。 話者はCrane)
    
(番号を左クリックしてください。 聞こえない場合は、ゆっくり2回クリックしてください)

  1. しゃこうでほうかのときに、ももたがかゆなったもんで、
  とっきんとっきんのえんぴつでばりかいたらちがでたで、ねぶっといた。

2. かしわをかいにいこうとけったではしっとったら、うしろからえらいぼわれたもんで、
  でんしんぼうにぶつかってまった。
  おそがいでかんわ。

3. どまのざらいたをつったらほっこりまるけだったもんで、そうじにえらいじかんくってまった。
  だもんでうちのはんどべだったで、ばつゲームでたもでどぶそうじやらされた。
  わやだでかんわ。

4. だだくさなつれのうちでのんだコーヒーがちんちんでしゃびんしゃびんだった。

Crane TOPページに戻る